大江戸神仙伝[小説]

大江戸神仙伝 (講談社文庫)

大江戸神仙伝 (講談社文庫)

速見洋介はひょんなことから160年前の江戸にタイムスリップしてしまった。時は文化文政、厳しい天保の改革がはじまる前の穏やかな時代である。彼は実際その肌で江戸の文化に触れ、今まで想像していた江戸に対する考えを大きく改めることになる。江戸時代というものは、封権社会で一般の人々は抑圧されいた、などということがまことしやかに言われているが、そんなことはない。つつましやかな生活ながらも、こんなにも皆生き生きしている。現代社会であくせくと働く人々を見るにつけ、洋介は次第に江戸ののんびりとした暮らしを気に入るようになる。


基本的にこの小説は洋介の目を通して江戸と現代とを比較し、今の文明を批判しているスタイルをとっている。一概にどちらがいいとかはいえないが、と前おきしつつも明らかに筆者は江戸を賛美している。洋介は製薬会社に勤めていた経験を活かし、当時まだ原因のわかっていない脚気の患者を治療することでお金持ちになる。どんどん治療して荒稼ぎするかと思うとそうでもなく、江戸という文化に、大げさだが、オーバーテクノロジーをもちこんで現在の死生率に影響を与えてはいけない考え、一部の人しか治療しない。彼は江戸に現代の科学をもちこんで啓蒙してやろうなどという傲慢な考えはないのだ。ただ、江戸の自然を眺め、新鮮な料理を味わい、人と語らい、遊ぶ、というように、江戸時代の人間と同じようにするだけ。文明が進歩したかわりに大量のエネルギーを消費し、汚物やガスで街の景観を失ってしまった同時代のイギリスのロンドンと比べたりして、リサイクルを極力行うことで綺麗な町並みを保つ江戸は、ひとつのミクロコスモス(小宇宙)などと例え、江戸を賞賛する。


ごちゃごちゃ書いたが、文明とか現代とかそんなことを考えずともこの小説は楽しめる。現代人の目を通して江戸の文化に触れるので、テレビの時代劇はこうだけど、それは間違ってて実際はこうなんだ、とか江戸の人にはあたりまえのものでも、現代人の洋介にはなにかさっぱりわからないから、「これはなんだい?」などと尋ねると皆丁寧に説明してくれたりと、作中の世界に入り込みやすい。また、彼は40代だが、平均の身長が今よりもずっと低い江戸時代の人から見れば、がっしりとしていて精悍とした顔付きなので女にもてる。ましてや、男女平等の社会で育ったのだから、女の身分が低い江戸時代での洋介の女の扱い方は洋介にとっては当たり前でも、江戸の女にとっては非常に優しくうつるのだ。そんなこんなで、彼は16才の麗しい芸者を妻にめとるのである。このロリコン。なんと彼には現代に妻がいるのに(妻は一度亡くしていて、芸者を妻にするときは独身だったが、現代にかえって再婚する)彼いわく、「同じ時代には一人の妻しかいないから重婚ではない」などと言い訳しているが、屁理屈もいいとこだ。このロリコン。というように、単純に江戸の文化を味わいながら、彼のサクセスストーリーとしても楽しめるはずだ。